レビュー(映画)「女王陛下のお気に入り」(少しだけネタバレあり注意)

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今年公開された映画です。

英国アン女王時代の宮廷が舞台で、女王の寵愛(レズビアン的な意味を含む)を巡って、女王の幼馴染の公爵夫人と、没落貴族で頭脳を駆使し召使からどんどんのし上がっていく女性の背筋が凍りそうなドロドロした争いの物語。主な要素は史実に基づいているようです。

 

公爵夫人は政治にも深く関与し、フランスとの戦争を続行させるためにも女王をそちらへ導こうとします。それに対し、公爵夫人の従妹であるものの没落し、メイドとして宮殿で働き始めたアビゲイルは、女王と公爵夫人の関係に気づき、それを利用しながら女王に近づいてく…。当然、互いに相手を蹴落とそうとしながら嘘と策略と女王への必死のアピールが交錯するものの、そのバランスは実に危うげで、一歩目論見が外れれば身の破滅を意味します。

とはいえ、両者は必ずしも権力欲にとりつかれていただけではないようです。特に、元々権力を持っており、政治を思うように動かしたかった公爵夫人はともかく、没落貴族のアビゲイルは(行く当てがなくなれば)「病気の兵士に身を売るしかなくなる」と作中で発言しており、何の後ろ盾もない立場では、何とか宮廷でより堅固な立場を確保しておかなければ、という後のない切羽詰まった状況にいたことがわかります。

 

いやぁ、この映画を見て、18世紀の英国宮殿の暮らしぶりなど(どこまで時代考証がきちんとしているかはわからないものの、メイドは一人ひとりに寝台やふとんさえない雑魚寝とか)が面白かったという点も印象深いのですが、組織で働くと現代の企業でもこういうことあるよな、ということをまず感じました。

封建制の身分関係は恐ろしいだとか、女は怖いとかいうよりも、むしろ組織の中で上に取り入って他を蹴落とし、何とか地位を得ようだとか、自分の思う方向へ組織を向かせようだとか、そんな現象は恐らく古今東西老若男女問わず発生するのではないでしょうか。何なら大学の教職員にもあります。

私はそういう環境でうまいこと狡猾に立ち回って上に行こうという器用さもアグレッシブさもなく、淡々と自分の世界で努力し、自己満足かもしれない世界で高みを目指したいタイプなので、こういう世界は本当に恐ろしい。

そしてこの手のストーリーでやはり描かれるのは、トップにいる人間も安泰ではないし、手放しに幸せそうにも見えないことでしょう。女王は不摂生が原因と思われる病気に苦しんでいますが、それはさておいても、絶対的な権力を持ちながら周りの必死な人間に振り回され、本当に信頼できる人間が誰かが見えなくなっていきます。

去年ぐらいに見た「スターリンの葬送狂騒曲」でもそんな権力者が描かれていました。

 

そうそう、教員としての感想一点。女王には「嘘をつかない」と明言し、厳しいことも口にしながら、うまいこと寵愛を得ていた公爵夫人。これに対して後から来たアビゲイルは、歯の浮くようなお世辞で女王を褒めます。病気がちで太ったくたびれた中年の女王(女優さんの普段の画像を後から探したら美しい方でしたが、演出上は敢えて。)にとにかく容姿を褒めるなど。そして女王は後者を受け入れるんですね。

厳しくとも現実、本人のためとか、そんな風に思ってもなかなか学生には伝わらない、やはり人間、良いことを言われたいのかもしれない、ということをふと思い出しました。