聴く読書

f:id:msr2do:20210209214437j:plain

 

電子書籍で読書

最近、仕事(研究と教育)に関係ない本を読む時間が結構持てるようになりました。

外出自粛のせいではなく、仕事に余裕ができたせいで。

仕事柄本はよく読みますけど、やっぱり自分の専門や仕事柄必要な本以外を読むって、教養を深め、視野を広げるためにすごく大事です。が、これまではなかなかそんな余裕はありませんでした。そのうち読みたい、ととりあえず買った本や、Amazonの欲しいものリストに入れた未読本が無駄に増えていくばかり。本を読む時間ができたことも、しみじみありがたいことです。

ところで、私はすっかり電子書籍派です。KINDLEで入手可能な本は電子版で買います。「紙をめくる感触」がどうのとか、あまり感慨がないタイプなもので、場所も取らないし、便利な機能もあって、断然電子版贔屓です。

 KINDLEを読み上げる

便利な機能の最たるものは、私にとっては読み上げができるということ。

決して、オーディオブックを買うという意味ではありません。電子書籍よりラインナップが圧倒的に少ないし、声優や俳優の美声はここでは特に求めてません。読んでくれればOK。イントネーションが時々おかしく、読み間違えもあったりする機械の音声で聴いています。

電子書籍の読み上げを使ったことがない人、ぜひ試してみてください。なぜ読むのではなく聞くのかというと、こんな状況でも本を楽しめるのです。

・ウォーキングやジョギング中

・車の運転中

・雑事(単純な作業)中

・電車やバスの中

最後のは、普通に読める人も多いでしょうが、乗り物に弱いタイプである私は今どきの揺れない電車でもなかなか文字を読み続けるのは辛いことがあるんですよね。乗り物酔いとまではいかないものの、電車の中では本なんて集中できない。バスだと一層です。それが、聴くならいける。助かります。

 アップル(iPhone, iPad

 そして、KINDLEで読み上げ機能を使う場合、おすすめなのはアップルです。

iPhoneiPadの場合、キンドルで本を開き、指2本で画面上からスワイプすると、読み上げ用のバーが現れるので、後は再生するだけ。

ページも自動でめくってくれます。なぜか時々止まることがありますが、一度スワイプでめくると、次のページからは自動になるようです。

あらかじめ言語を設定すれば外国語もOKです。ウェブ記事の読み上げアプリでは、自動で言語を判別してくれるものもあるので、それがあれば最高だと思いますが、今のところ不可。ちなみに言語判別機能付きのアプリは、では使えません。残念!

 アンドロイド

これに対し、アンドロイドは、talk backという機能を使います。これは視覚障碍者向けの機能のようで、もう何から何まで読み上げます。画面上に表示されているものが何なのか、全て。例えばホーム画面でtalk backをオンにすると、まず「ホーム」と音声が流れ、アプリの入ったフォルダをタップすると「〇〇フォルダ。何件のアプリがあります」などと言ってくれます。これが正直、単に本を聞きたい利用者にとっては結構わずらわしいのです…。ちなみに、talk backは音量の上下ボタン同時長押しでオンにできるショートカットがあり、いちいち設定画面を開く必要はありません。

ページめくりもしてくれます。

しかし、私は本を読みながら時々マーカー(の機能)で線を引いたり、図表をじっくり見たりしたいのですが、そのたび、いちいちtalk backをオンにしたりオフにしたりする必要があります。オンにしたまま線を引いたりはできないんですよね…。これがものすごく面倒!もし、可能な方法を知っている人がいたらぜひ教えてください。

アップルの場合は、ちょっと止めてすぐ再開というのがスムーズですし、本文以外を音声で案内するわけではないので、使い勝手は圧倒的にアップルが上です。

一冊丸ごと音読させ、それを録音して聞けばよいという方法を紹介している人もいましたが、私は時々止めて線を引いたり、図表もみたいので、その方法はアウト。小説などの場合は、一冊丸ごと方式が良いかもしれません。(小説を読み上げたことはありませんが、セリフの部分がわかりにくくないだろうかという懸念はありますが)

読み上げ機能では アップルの勝ち!

まあ、しかし、私のスマホはアンドロイドなんですよね。

3年半使ってますが、一度バッテリーを買い替えたし、全く壊れてもいないため、買い替える予定は当分なし。それにiPhoneは高いので、あまり気が進まない。iPadは持っているのですが、移動中や作業中に10インチのiPadでこまごまと操作をするのはやや面倒。さらに、ワイヤレスのイヤフォンをBluetoothで使用しているので、普段読み上げ以外にも色々イヤフォンを使用しているスマホと、KINDLE読み上げで使いたいiPadBluetoothのデバイス切り替えも地味に面倒。

うーむ、iPhoneを買うしかないか。次の買い替えはiPhoneかな。

最新とかブランドとかあまり興味がなく、必要なスペック・機能を満たしていれば値段優先なので、アンドロイド派なんですけどね。読み上げのためにiPhoneを買うか、迷うところです。他にPhoneの方が良い!って機能が色々あれば踏ん切りがつくでしょうか。

おすすめポイントがあれば誰か教えてください。

一応謝った体ってこんなに通じちゃうものなのか

森氏の女性蔑視発言問題、皆さんどう見ていますか?

またしても本筋ではないところで感じたことを一言。

 

森さんの謝罪と撤回時の発言て、心底反省し謝罪しているとは思えない明白な発言があったのに、IOCJOCも含め少なからぬ人々が「森さんは反省をし謝罪・撤回をされた」と言って、その前提で話を進めていることです。

他のケースでも「こりゃあ心から謝ってないよな」と思えることは多々ありますが、それでも「話し方に誠意を感じない」とか主観的な印象の域を出ないもの。

ところが、森さんは違います。以下2点から、もう言い訳のしようもなく、心から謝っていないことが明々白々なのです。

 

1.謝罪会見で「会長にふさわしくないと私は思う」と言った記者に対し、「面白おかしくしたいから言ってんだろ」とキレた。

2.発言を撤回したことに対し、「いちいち(海外などに、真意を)説明するのは時間がかかるので、撤回した方が早いと思った」と発言した。

 

1:森さんが、記者が彼の発言を非常に問題があると考え、深刻に批判する気持ちがあるとはそもそも考えていないから出てくる言葉でしょう。「会長にふさわしくない」という記者の発言は、深刻な批判ではなく、面白がって悪口を言っているに決まっていると、当たり前みたいに感じてしまっている。

 

2:これは更にどうしようもない明白な撤回の意思なしの表れと言えますが、発言を撤回したのは、間違っていたから、後悔し反省したからではなく、「(本当は発言は間違ってはいないんだけど、誤解があるようなので、その誤解を解くために自分の真意を)説明するのは時間がかかるから」だとはっきり本人が言ってしまっているのです。前後動画をばっちり見ましたが、もう実にはっきりこのようにご本人が言っちゃっています。

 

なんでこれで、「会長は反省し謝罪・撤回されている」などといえるのか不思議になります。こんなにも明らかに反省・謝罪の意思がないことがバレている(自分でバラしている)ケースも珍しいのに、関係組織や公職者の声明・コメントやら報道やら含め、結構、謝罪撤回はちゃんとした、という前提で話が進んでいるんですよね。もちろん「ちゃんと謝罪していない」という批判も大きいですが、JOCがその前提で声明を出していることに本当に驚きました。

それは違うだろうと思いますよ。謝罪・撤回は事実上していないでしょう。

でも、こういうことって「謝ったことにしときますよ」ぐらいに言ってのけたとしても、謝ったという事実があると扱われるんだなーと改めて驚いた次第です。

 

あと、病院経営者の高須さんが、「無償で尽力してきた病身の老人に対してひどい」とコメントされてますが、尽くして貢献してがんばった人だからといって、何を言っても・やっても許されるわけではありませんよ。

子供を虐待した親のことを、「子育てに自分を犠牲にして長年がんばった親を批判するなんて酷い」って言えます?言えないですよね。今回の森発言を大したことないと思っているからそんなコメントが出てくるのでしょう。虐待だったら誰もそんなことは言わないはずですから。

高須氏は病身の老人という点で自分と森さんを重ね、更に価値観やイデオロギーも(他の政治活動を見てても)近いのが見て取れますが、さすがにどうかと思いますね。舛添さんの発言なんかも、イデオロギー的共感が先走って理性と論理にあまりに欠ける発言をしちゃってると思います。

有名医師とか元都知事とか、立派な肩書のある方なのにこういう話し方をされると実にがっかりです。もう沈黙していた方がいいのに。

「逃げる」のススメ?若い人たちに伝えたいこと。

「逃げていいんだよ」的なことを、最近聞くようになりましたよね。

特にいじめ、ブラック企業パワハラなどから、です。

「逃げちゃだけだ」という思い込みは心身を病むことになってしまう。逃げることを躊躇しないで、というようなメッセージです。

 

更にそこまで深刻でなくても、自分に向いていないことや嫌なこと(会社員として毎朝出社することなど)から逃げたことが成功の秘訣だという漫画家やしろあずき氏(濃いキャラの母親や三角コーンのネタで有名になったエッセイ漫画の作家さん)。

これに対して2ch開設者のひろゆき氏が「凡人が真に受けるとキツイ」とぴしゃり。さすがひろゆきさん、さらりと鋭く面白いことを言うなあ。

www.excite.co.jp

これ、私も以前から思うところありました。

やっぱり何事も自分の都合よく解釈してしまうところがあるのが人間。ただの怠けを「逃げて良いんだ」的に解釈してしまう人もいるわけで。

その一方、心を病むほどの不条理な状況から「逃げてはいけない」と縛られてしまっている人もいる。

難しいですよね。今、自分が嫌だと感じていることや状況が、逃げるべきものなのか、ただの怠けなのか。当事者であるほどわからなくなるでしょう。

これについて私は若い人たちにふたつ、言いたい。

 

ひとつ、自分にとって人生を豊かにしたり飛躍につながる何か得られる場なら我慢する価値はあるかもしれない。ただし、その「得られるもの」が「我慢強さ・忍耐力」のみである場合は、除外!(日本人はとりわけこれを美化しすぎるが、時として理不尽の泥沼にはまるだけとなりかねない)

ふたつ、世の中には残念ながら、純粋な悪意の持ち主や、自分以外の人間のことをこれっぽっちも考えない利己的な人間が、残念ながらいる。特に後者は意外と多い。共感力の高い利他的な人間には想像しがたいところだろうが、「いる」ということを認識しなければならない。そういう人間にターゲットにされた場合は、もう逃げるのが最上の選択肢。「話せばわかる」とか「誠意をもって向きあう」というコマンドは時として悪手であり、捨てなければならない。

 

以上が私が40年ほど生きてきて学んだ自論です。

3周年と飲み会

一週間ほど前、ブログが3周年だったらしい。メールが届いていました。

記事数が少ないので長く続いている実感があまりありませんが、もうそんなに経ったとは。しかも、振り返ってみると年々記事数が減っているようです(笑)今年は2020年越えを目指します。

当初の予定ではもう少し日常のことを書くつもりだったのですが、日常の要素は極めて少なめですね。

 

そういえば、自粛やリモートワークの良かった点として、しばしば「いらない飲み会が減った」というのが挙げられているのを目にします。まあ、近年若手社員が飲み会に参加したがらないというのはコロナ禍関係なく言われていたことではありますけど、皆さん、そんなに飲み会嫌ですか?

私は、自粛で何が残念て、飲み会がほぼなくなったことです(笑)

幸い、私自身も身内にも、失業や収入減の影響を受けている人はいないものの、こんなのんきなことを言っていると申し訳ない気持ちもありますが、状況がよくなれば、積極的に居酒屋や飲食店にお金を落としに行きたいものです。

気に入っていた焼き鳥屋にもその後行けていません。あの店の店主はどうしているだろうか。

msr2do.hatenablog.com

職場の飲み会反対派の若者はきっと、親しくもない職場の同僚、しかも大半が話も合わない年配者と飲んでも楽しくないということなんでしょう。あるいは、嫌な奴が多く、仕事中はなんとか努力でもって友好的な態度を取り繕っているというのであれば、飲み会なんて行きたくもないでしょうね。

そうではない場合(そんなに嫌な奴などいない)の方が多い気がするんですけど、そうでもないのかなあ?たいてい、一人ぐらいはいるかもしれませんが。

いつもと違う雰囲気の中で、いつもは世間話もしないような相手と話してみる、酒を飲んで盛り上がってみるというのは、楽しいと思うのですが。

 

しかし、最近よく遭遇するZoom懇親会というのは(個人的には)いただけません。

会議や研究会、学会のセッションの後にZoomをしばらく開いておき、「懇親会としましょう」ということがありますよね。

話好きでコミュニケーション能力が高く、さらに気遣いのできる人でも混ざっていればうまいこと運ぶかもしれませんが、Zoomではどうも。

なんだかシーンとしてどうしたらいいかわからない間が流れたり、元々親しかった2-3名が話しはじめ、その他はその会話に入っていくのもどうなのかという雰囲気でぽつぽつと退出していく…そんな感じになりがちではありませんか?

そんなのはやはり、懇親会とはいえない!と私は思うのです。

そもそも会話が分割しづらい(できない)ですし。たまたま隣に座った人とサシで話したりという機会もない。

嗚呼、飲み会懐かしや。

コロナ禍真っただ中に新しい職場に来たもので、同じ学科の教員にすら、一年経っても顔と名前が一致していない人がいる始末。

飲み会文化がこのままなくならないでほしいと願うばかりです。

共通テスト鼻マスク問題。行き過ぎたコレクトネスへのうんざり感が分断を招く…

 

のかもしれない。

 

うーん、続報続いてますね。

共通テスト(かつてのセンター試験)で、ある受験生が鼻を出した状態でマスクをしていて何度も注意されたが従わず、失格となったという出来事。

これに対して、脳科学者M氏がこの対応をした試験監督者をボロクソに言い、受験生への配慮があるべきだったと主張したことなどが話題になりました。他にもM氏側の意見がたくさんあったのかわかりませんが、それほど熱心にこのニュースを追っているわけではない私がみたところ、断然M氏が目立っているようです。

彼の主張は要するに、「この受験生がマスクを鼻までしっかりつけられなかったり、指示されたことに素直に従えなかったりする特性があったのかもしれないのに、杓子定規に過剰な罰を与えた」と、大体このような論調です。双方をフォローするのではなく、監督者のことは結構ボロクソに言っています。

M氏に同意する意見はもはや少ないよう。

「もう引っ込みがつかなくなってるんだろう」というコメントも見かけましたが、そんな気もしてくる彼の様子。

私も正直、第一報のヘッドラインで見た時は「えっ!過剰では!?」と驚きましたが、続報を見る度に、この対応は過剰ではなく周囲の他の受験生にかなり迷惑となっていたらしいことがわかってきました。

にも拘らず、M氏は(もう沈黙すれば良いのに)延々主張を続けるものだから。

 

ちなみに続報は以下のようなものがありました

・かなり咳をしていた(「わざとらしく」とのコメントも)

・3科目(半日ほど)の試験中、6回も注意された挙句のこと

・監督者の指示に従わなければ失格となると警告が事前にあったのに尚従わなかった

・その受験生は49歳

・最後はトイレに数時間立てこもった

・他の受験生は最終的にはこの人物(鼻出しマスク男49歳)以外別の教室に移動してリスニング試験を受けることに

 

ちょっとイレギュラーなことがあるだけでも心がざわつき、本領を発揮できない受験生もいるでしょう。そう思うと同じ教室にいた受験生たちがあまりに気の毒です。

「年齢で人を判断するのはエイジズム。問題の本質は変わらない」ともM氏は述べていますが、49歳だから失格にしていいとか、受験生ほどテストが深刻なものじゃなかっただろうというわけではありません。ただ、周囲の受験生たちの倍以上生きている大人が、監督者に従わないという行為で誰よりも周囲に迷惑をかけているというのは、やっぱり残念すぎます。18歳の受験生より大人の態度を期待するのはエイジズムではないでしょう。

 

なんというか、この件に関してはさんざん多くの人が議論しているのであえてこれ以上繰り返しませんが、しみじみ思ったのは、このM氏のような、はっきり言うと「過剰気味なコレクトネス(正論)」、つまり、マイノリティへの配慮をしようというのは正論でも、それが行き過ぎていると多くの人に感じられるような言説は、それにうんざりする人々に正論を「正しさ」とする気さえ失わせてしまうようです。

顕著なのはトランプ支持者。大昔は当たり前だった人種差別は、一昔前に「悪いこと」となりました。しかし、トランプ支持者のある部分の人々(白人至上主義と呼ばれるような人々)は、差別的な発言を悪とするのは言論の自由の制限であるなどと言い出し、「差別は悪い」という大前提から実質的に、悪びれもせず「一抜けた」としているわけです。(差別とは言わず区別とかすみわけという言葉を彼らは使ったりしますが)

平等、尊重、配慮、これらのコレクトネスは社会の大切な原則なのに、それをあまりに突き詰めすぎて現実とのギャップが大きくなると、うんざりしてしまう人も多いと思います。

せっかく民主的な現代社会が育て守ってきたこうした正しさ(平等、尊重、配慮など)から、多くの離反者が出てほしくない。

そういう意味でも、行き過ぎた主張には賛成できないなとやはり思います。

そして、(M氏は違うのかもしれませんが)「あ、なんか違ったかも」と思ったら、素直にそれを認めたり、少なくとも沈黙したりする大人気(おとなげ)は大事だなと。意固地になって言い張り続けても、かっこ悪いです。(くどいようですが、M氏がそうかどうかはもちろん本人でないのでわかりませんが)

一年で一番しんどい仕事

が終わったー!

何かといいますと、共通テスト(去年まではセンター試験)の監督です。受験生の皆さん、お疲れさまでした。まだしばらく受験は続く人が多いでしょうが、ふんばっていきましょう!

 

これに関する仕事は守秘義務がありネットで書いてはいけないことになっていますので、具体的なことは書きません。

ただ、あれをやっているのは大学の教職員(主に教員)なのですよ、とてもしんどい仕事なのですよ、ということだけ。

センター試験の検索の予想ワードに「監督者 誰」とか、「監督者 バイト」と出てきて驚きました。監督者たちが大学の中の人だとは思わず、日雇いバイトだと思っている人が少なからずいるようですね。バイトにしては、どこの会場でもきっとフリーターらしき年齢層の人は極めて少なく、オジサン、オジイサン、オバサンばかりだと思いますが(業界的に、未だオバアサンは少数)。

受験生たちから、「かわいそうに、あの年でリストラでもされて日雇いバイト?」などと思われているとしたら、トホホすすぎます。お金をたくさんもらえるわけでもなく、一生懸命馴れない肉体労働をしているのに。

試験監督ぐらいが肉体労働?どってことないだろうと思われるかもしれませんが、一年で一番しんどい仕事といっても過言ではありません。緊張感という意味でもね。

そうそう。丸一日、不織布の安価なマスクを着けているととんでもなく耳が痛いことを今更、知りました。普段、研究室に一人でこもっている時間が長いので、通勤時と授業時とちょっと部屋から出る時しかマスクをつけないんですよね。耳が痛くならないタイプを買わなければ。

長時間姿勢よく座り続けていることもあまりないため、肩と背中がえらく凝りました。

 

守秘義務がなければ話したいことは山ほどありますが、同僚との雑談にとどめておきましょう。

まあ、とはいえこの大学では入試の負担が劇的に減りました。教育困難かつ経営危機の弱小大学は、入試こそ生き残りをかけた最重要マターですからね。ええ、もちろん教育や研究よりも、です。比喩とか盛ってるとかではなく、実際にそうですし、隠すでもなく学内それが当然となっていました。そんな大学での入試業務の負担の重さは推して知るべし。

入試課職員すら全貌を把握していないぐらいわけのわからない試験が多数あり、回数もやたら増やすので、人手がいるのです。それに、そういった大学の方が「念のために」とかいって業務時間の前後やたら長時間拘束したり、予備の人員を確保したりします。裁量労働制である教員の時間など、使い倒さないともったいないといわんばかり。

というわけで、ありがたいことに時間のある今年の春休みはこもって研究に励むとしましょう。

 

共通テストを担当された同業者の皆様、お疲れ様でした。

新しい大学にようやく慣れてきた

 

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

今年はどうかどうかかつてのような日常が戻りますように。

 

さて、後期試験も近づいてきた(あるいは始まっている?)今日この頃ですね。

私は任期なしの専任として着任した新しい大学で10か月が過ぎようとしています。感覚的には4か月ぐらいなのですが(後期開始までろくに大学に出勤していなかったので)。

もうここは本当にいいところで、ほぼなんの不満もなく快適です。

先輩教員たちからは色々愚痴も聞きますが、正直、「カワイイもんだよ」と内心思う程度。(例:文科省の言いなりにくだらん取り組みを教員強いるな等)

学生たちもこれまた、前評判通りおっとりした感じで素直で真面目なタイプが多いようです。

前から思っていましたが、これ、本当に不思議。

どうして大学によって学生の傾向が異なってくるんでしょうね?学力水準とは特に関係なさそうな特徴の場合は特に不思議です。

お坊ちゃん、お嬢さん系とか、体育会系とかならまだわかります。そういう校風を承知でそれを求めて、あるいは合うと思って入ってくる学生が多くなるのも自然でしょうから。

でも、「おっとり系」みたいなタイプって、高校生が自ら「自分はおっとり系だから〇〇大学が合いそうだ」などと考えて志望先に選ぶものでしょうか?

更に言えば、この特徴は中の人たちに事前に聞いてはいましたが、ネットで検索しても特にヒットせず、世間一般に広く知れ渡った特徴でもないようです。

それにも拘らず、中の人が口をそろえ、私も(これまでに教えた経験のある7つの大学と比較しても)実感するその特徴は、なぜ生じてくるのだろう??

 誰か研究してくれないだろうか。

 

そうそう、強いて言えば現在の職場の不満点は、私の研究室の最寄りのトイレを時々公衆便所や居酒屋のトイレのように汚しやがる不届き者がいることです。

教職員なのか学生なのか知りませんが、半年にわたって、何度も汚されています。比較的築浅と思われる建物で、ウォシュレットや自動水栓などもついたきれいなトイレが、しかも大学という場で、こんな風に汚されているのは正直初めて見ました。

この不届き者はいつも同じ場所を使用しているようなので、清掃直後であってもそこには近寄らなくなりました。

 やれやれ。ま、この程度の不満なんて、笑い話ですね。