レビュー「ヒルビリー・エレジー」

映画『ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-』|近藤 真弥|note

Netflixで鑑賞できる個人的おすすめ映画やドラマをいくつか紹介したいと思います。

まずこちら、ヒルビリー・エレジー。田舎者の哀歌といった意味らしいです。

自伝小説の映画化です。アメリカの、プアホワイトと呼ばれるような貧しい白人家庭出身ながら、軍に入り(恐らくそれで進学が叶い)名門大学で学ぶ若者が、学費に汲々とし、家族の問題に悩まされながら社会的成功を得ようとする姿を、子供時代の回想と並行して描いた物語。

映画は原作に比べて社会的な要素が削られ薄っぺらいという批判もあるようですが、原作は未読なので映画だけを見た印象を述べると、アメリカのいわゆるプアホワイトと呼ばれる人々の実態を映像で垣間見たというだけでも大変興味深い作品です。

非常に印象的だったのがまず言葉遣い。これはぜひ英語で聴くべきです。

教科書にも論文にも新聞にはもちろん、普段見るような普通のアメリカ映画でもあまりない、まあ率直にいうと下品な言葉遣い、ああ、こういう表現するんだ、と面白いです。2時間足らずの作品中、一体何十回assという言葉が出てきたやら。たまに映画などで、(日本のものもですが)古い時代の田舎の貧しい人なんかがきれいな標準語を話しているとリアリティに欠けますが、こちらは実にリアル。

子供や若者だけでなく、祖母までそんな下品丸だしな話し方をする家庭で育った彼は、上流育ちっぽい人々の中での会食でフォークやナイフの使い方もわからず、会話もぎこちない。

そんなディスアドバンテージにも拘らず主人公JDは見事成功できたようですが、実際にはそう簡単ではないのがアメリカ社会。とんでもなく高額な大学の学費を賄うために高校生を軍にリクルートするのは定番のようですが、実際にはそれで学費が賄える若者はわずかだということが「貧困大国アメリカ」というルポに書かれています。(この本もおすすめです)全額は出ないのでバイトに明け暮れて単位が取れずドロップアウト、派兵経験でPTSDを抱える例も少なくないとか。

 アメリカというのは金や地位のない人間には非常に厳しい社会だというのが見て取れる映画です。が、そういう知識があった上で、リアルに映像化されているのを見られるという感じであって、この映画だけを見てもそこまで伝わらないかもしれません。

JDの母親は高校の時はトップクラスの成績だったと何度も言及されていますが、薬物に手を出し、看護師の職場で患者の薬を飲んで奇行に及ぶなどして職を失い、年をとっても医療保険もない中、ドラッグはやめられずという末路。

この母親も、薬物依存で子供に突然キレるおかしな人物とだけ描かれているわけではないのがまた生々しいんですよね。恐らく本人的には、「若い頃から満足に遊びもせず苦労して育児もし努力して職も得たのに、その割に認められずうまくいかない」という悲しさ、子供の何気ない一言に、「子供ぐらいには認めて愛して欲しいのに、そんなこと言うなんて酷い」と感情を爆発させているんだろうことが伝わってきます。ただのクレイジーなヤク中おばさんではないのが見ている側にもわかる。

しかし同時に、そこでそんな風にキレちゃあ世の中はますます彼女にそっぽを向くばかりだというのもわかるわけで。

そして、JDの子供時代の描写から、こうした社会には薬物があまりに身近であることも描写されています。電車や車に乗って有名な繁華街の怪しげな地下のバーなどに行き、怪しげな男に話しかける、などする必要はない。身近な人間関係の中に当たり前のように存在していて、よほど意思が強くなければ断り切れないようなものですらあったりする。

そんなハードな境遇を生きる彼らに世間は厳しく、優しくない。入院手続きで、息子がコレクションカードか何かのようにクレジットカードを並べ、「これは〇ドル、こっちは〇ドル決済できるはず」と必死に金を工面しようとしていることからも、アメリカのシビアな医療事情もうっすら見えます。

 

総じて彼らの生きる社会は、外国人(アメリカの外の人)が普通イメージする「アメリカ」とはかけ離れているでしょう。

そんなアメリカがある、という現実を見せてくれる作品でした。

 

それにしても、いかにもアメリカのその辺の道やスーパーにいそうな肥満気味の田舎のおばあちゃん(上画像左)が、画像検索したらヨーロッパの貴族役とかにハマりそうな美人シニア女優(下画像)だったことに驚きました。女優さんてすごい。

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