力尽きてしまった女性研究者

年度末年度始でバタバタと忙しく、ブログを書きたいと思いながら全然書けていない今日この頃。

しかし、やはりこの記事はスルーできません。昨日の朝日新聞の記事ですが、朝日のアクセスランキング上位になっていました。

digital.asahi.com

人文系の女性研究者が将来と現状を悲観して(3年前に)自死されたという記事です。九大の件も記憶に新しい中でまたも…。またも、というか、人知れず研究者が道半ばたおれているのは、メディアに取り上げられるケースだけではないのかもしれません。

msr2do.hatenablog.com

記事を読むと、非常に優秀で熱意ある素晴らしい研究者だったようです。しかし、40歳を過ぎても大学のポストはなく、安定を求めて焦って結婚したものの、それもうまくいかず、離婚し、その直後に…という過程が書かれていました。九大の憲法の研究者の事例は、博士号がまだなかった、年齢が遅くからのスタートだった等不利な点もあったわけですが、記事だけ読むとこちらの女性の場合は、そうした不利な条件もなく、輝かしい経歴・業績だったようです。疑うわけではないですが、「本当かな」と思うほどで、ためしに論文検索をかけてみました。

日本国内のありとあらゆる学術論文は、ciniiというサイトで検索することができます。記事中にある西村玲さんという本名で検索をかけてみると、なんと、43歳で亡くなるまでに38本もの論文を発表していました。理系など、分野によってはむしろ少ないよと思われる方もいるかもしれませんが、近世の文献資料で行う研究としてこの本数はすごいと思います。(ちなみに、全て単著のようです。こうした分野では論文は単著が一般的かと思います。)

そして、学振の研究員に選ばれたり、著書を出版したり、賞をとったりと、ただ数が多いだけではなくそれらが優れた研究だったこともわかります。

では、なぜそんな優れた若手研究者が、職のひとつも得られなかったのか―。

恐らく、記事とciniiの情報から考えるに、分野の問題が大きかったのかなという推察します。近世の宗教哲学といった分野を研究していたようですが、ポストは非常に少なそうな分野です。

文系研究者の就職は厳しいとよく言われますが、文系とひとくくりにはできません。実は、割と大学教員のポストを得やすい分野もあります。どういう分野かというと、一般大学生の就職に直接役立ちそうな分野です。経済とか、最近はそれよりも更に、一般企業の就職に役立つであろう、商学経営学などが非常に人気です。しかし、学問分野として研究対象にするにはそれほど大人気の分野というわけでもないらしく、相対的にではありますが、こうした分野の研究者はアカポスの就職はかなりしやすいようです。その他にも、教員養成課程要員として教育学だとか、公務員志望学生を募るための行政学だとか、それからやはり、語学、特に英語は鉄板ですね。英語の場合は多様な分野の研究者が参入可能で、母数はかなり多いらしいですが、「英語教育学」だとか「言語学」などをやっていればアカポスの就職には非常に強いでしょう。それから、「日本語教育」も留学生対象に需要は割と大きいようです。

これらの分野であれば、38本の優れた論文、博士号、学振研究員、賞を引っ提げて応募すれば良い大学に就職できたのではないでしょうか。

ですが、今の大学受験生に「よし、自分は大学で江戸時代の宗教哲学を学ぼう」という若者がどれほどいるかを考えれば、ポストの少なさは推して知るべしです。とはいえ、「日本近世史」というくくりであれば、もう少しチャンスは広がりそうですが、日本史学ポストには内容的にかすらないという研究内容だったのでしょうか。記事によれば、20以上の大学に応募したそうですが、20ちょっとしか応募していないとすれば、かなり少ない印象です。私は昨年度だけで20以上応募しています。院生時代から全て合わせれば、桁が違ってきます。競争率は高い分野ですが、応募できる公募が出ているだけ、まだマシなのかもしれません。

応募できるものがそれしかなかったとすれば、本当に厳しい分野だったのだなと感じますし、こだわって選んで少数に応募していたとしたら、可能な限り対象を広げてみればよかったのに…、と思ってしまいます。

しかし、学生募集上の需要と、学問研究上の分野。そもそも割合がうまく合うはずがありません。前者だけを重視していては学問の発展が非常に偏ってしまいます。どうにかならないのか。

本当に、どうにかならないものでしょうか。

こんなに業績を上げられる人が未来を悲観して死を選ばなければならない状況は、やはり、どう考えてもおかしくはないでしょうか。